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計量研ニュース
--Vol.47, No.7(1999)
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レーザ干渉測長型の原子間力顕微鏡の開発 力学部機械計測研究室 |
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低温計測研究室 |
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計測システム部計測要素研究室 フェルスター |
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レーザ干渉測長型の原子間力顕微鏡の開発 力学部機械計測研究室 |
走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope, STM)は1986年にビニッヒ(G. Binning)、ローラー(H.
Rohrer)らの業績によってノーベル物理学賞を受けて以来、多数の研究者がこの分野に携わり、とくに表面科学に多くの新しい知見をもたらしてきた。探針の先端を曲率1nm程度にまで小さくし、これをピエゾ素子で試料に1nm程度まで近づけて走査することにより、原子像が観察できるほどの分解能を達成する。その後STMから派生した、原子間力、静電容量、超音波、温度、磁気力、等々の物性・相互作用を用いた類似手法は走査プローブ顕微鏡(Scanning
Probe Microscope, SPM)を総称として開発されている。とりわけSTMにおけるトンネル電流を原子間力に置き換えた原子間力顕微鏡(Atomic
Force Microscope, AFM)は、同様な表面凹凸像を絶縁体表面でも得られることから、比較的簡便な評価装置として急速に普及しつつある。
近年ハイテク産業においてこれらSPMを計測評価ツールとして高精度化しようという動きが活発である。しかし超高密度メモリや中央演算処理装置など、複雑な微細構造の品質評価・プロセス管理ツールとして成り立つには、現状では案内要素、駆動素子の直線性、空間軸の独立性、走査範囲、探針先端形状など改善すべき点が多い。
これまで探針走査(試料走査)の変位を、静電容量センサ、レーザ干渉計、X線干渉計などでモニタすることにより、またSTMを結晶格子と組み合わせ基準とすることにより、信頼性の高い三次元画像を得ようとする試みがなされてきた。しかしながら三軸ともレーザ干渉計でモニタしつつ画像補正も同時に行うものは今までになかった。
機械計測研究室ではこれまで電子ビーム絶対測長装置や集積型マイクロ干渉計の開発を通し、微小寸法・形状の高精度測定技術を蓄積してきた。これらの経験を生かしつつ、今回高分解能の三軸レーザ干渉計を装備した実時間補正型のAFMを開発した。ナノメートル領域で正しいスケールを三次元空間に設定することにより、今までの解析が困難だったナノメートルレベルの微細周期構造の統計的解析・評価が行えようになる。
直交する測長軸にレーザ干渉計を装備
通常のAFMで観察した像は、走査に使われるピエゾ素子の非線形な特性のために歪みが生じている。試料やプローブを三次元に走査するためのスキャナは一般に駆動軸が必ずしも独立でなく、表面凹凸像の生成時に軸間でクロストークが発生したり、スキャナの非直線運動が表れたりする。ナノメートルレベルの寸法・形状測定では走査の運動特性のわずかなずれが、相対的に大きな誤差を生じてしまう。そこで三次元スキャナの直進性能と測長軸の直交性に十分留意した。

本体部は三次元の試料スキャナ、三軸の干渉計ユニット、原子間力プローブユニットからなる(図1参照)。原子間力プローブユニットはスキャナの上から被さるようにベースに3点支持され、1点の微調スクリューをゆっくり回転することによりプローブユニットが沈み込み、中心部に設置したプローブが試料に接近する。試料スキャナとして平行ばね構造をガイドとするXY微動ステージと、チューブ型の圧電素子によるZステージを組み合わせ、三次元スキャナとした。さらにスキャナ上に三面鏡を設置し三軸干渉計の移動鏡とした。三面鏡の各面はお互いが角度にして1秒程度の誤差にまで直角に研磨し、レーザビームの反射面としている。これら反射面に対してそれぞれの軸の干渉計ユニットを注意深く調整したことで、駆動、測長、画像形成の基準となる座標軸が構築されたことになる。
三面鏡の各面に対し、それぞれ干渉計ユニットを精密にアライメントし、迷光や偏光の混合がなくなるよう調整した。図2は一つの軸の干渉計ユニットの光学系を示す。光源(周波数安定化He−Neレーザ)は、発熱を伝えないよう光ファイバにより外部から導入した。各種ミラーやプリズムにより4倍の光路差増倍を行い、かつ検出したフリンジシグナルをデジタル信号処理を用いてさらに2048分割し、最終的な分解能λ/16384=0.04nmを実現した。試料は三面鏡の中心部に置かれ、各軸の干渉計ユニットの光軸中心に測定点が来るようにすることにより、アッベの原理を満たす測定を行うことが出来る。

標準試料の校正
測定画像の実時間補正は、XY軸干渉計の出力がそれぞれの画素(512×512)に対応する座標に位置決めされるようにサーボコントロールしながらXY走査を行い、かつZ軸走査に対する干渉出力を取得し画像化した。最大測定範囲は17.5(X)×17.5(Y)×2.5(Z)μmである。その結果、スキャナを駆動する圧電素子の非直線性、ドリフト、ヒステリシスに起因する三次元画像の歪みが解消された。
図3は精密なグリッドパターン試料のAFM像である。(a)はXYサーボを行わずに走査し、かつZ軸方向の高さデータを圧電素子への印加電圧で画像化した場合、(b)は干渉計の位置情報によるXYサーボ走査を行いつつ高さデータはZ軸干渉計の位置情報を取り入れて画像化した場合である。(a)の像では正方形であるべきパターンのピット(くぼみ)の形が歪んでいることがわかる。これはスキャナを駆動する圧電素子の非線形性が原因とみられるが、(b)の干渉計サーボ走査による像では歪みが取り除かれている。また(a)の圧電素子への印加電圧で作られた像では、走査方向(X軸方向)に沿ってピットの部分だけに白い影が生じているのがわかる。これは像の白線で示した部分の断面プロファイル(像の右側に示した)にも顕れており、ピットにかからない部分とかかる部分で高さが異なるのは明らかに像の歪みによるものであり、圧電素子のヒステリシスが原因と考えられる。(b)の干渉計データによるプロファイルでは平坦な構造を正しく示している。

図4は精密なグリッドパターン試料の断面プロファイルの一例である。測定した多数のプロファイルの平均ピッチ3.00μmおよび高さ182.1nmは、試料の仕様(ピッチ2.99±0.22μm、高さ180.8±2.1nm)とよく一致した。現時点で本装置が標準試料の校正を行える可能性が十分あることを確認できた。

ナノメートル計測技術の将来に向けて
AFMはもともと局所的なある相互作用を測定し、制御しながら走査するという非常に簡単な原理で表面の実空間の微細構造を描けることから大きなインパクトを与え、急速に発展した。しかし近い将来、最小加工単位で100nmを切るような超LSI微細加工に応用しようとする際、SPMがその先端性を生かしつつ評価ツールとして機能するためには、測定不確かさを1nm以内に抑制することが必要とされるだろう。本装置は現在、スキャナの機械特性、干渉計の光学特性等、考えうる不確かさ要因について検討し、総合不確かさの見積を行っているところである。また、既に開発した電子ビーム絶対校正装置等と同一試料を測定・比較することによるクロスチェックも計画している。
問い合わせ先:力学部機械計測研究室
電話 0298(54)4041
低温計測研究室 |
はじめに
固体材料の寸法は熱膨張により変化し、それにより熱応力が発生する。そのため熱膨張率は機械、電子機器、航空・宇宙関連といった広い産業分野において、材料の選定、機器の設計、性能予測、安全性の確保などの場面で重要な物性量の一つとなっている。また、鉄鋼、金属、半導体、セラミックス、高分子など様々な材料産業の新機能材料設計・開発の現場において必ずといって良いほど値が必要になる物性量である。
科学技術の進展と共に様々な機能を持った新しい固体材料が次々と創出され、またより精密で高度な機器が開発されていることにより、それに見合った熱膨張率計測技術の向上を信頼性の高い熱膨張率データの必要性が高まっている。しかしながら、熱膨張率の実用計測技術はそれに応えられるだけの力量を備えているとは言い難い。この様な状況を改善するため現在計量研究所が取り組んでいる固体熱膨張率計測技術の標準化に関する研究内容の紹介を行う。
熱膨張率計測の現状
熱膨張率計測は、試料長の変化量の検出方式によりX線解析法、光干渉法、押し棒式膨張計による方法、静電容量法、歪みゲージ法等、様々な方法が開発されている。その中でも現在一般に最も広く普及しているものが、比較測定法を原理とする押し棒式膨張計による方法である。押し棒式膨張計は、装置の構成が簡便、多様な形状の試料に柔軟に対応可能、操作性が良好等といった長所がある反面、比較測定でありかつ装置・測定条件に依存する補正量が大きいことから信頼性の高い計測が困難であるという問題点がある。このため、現在生産される多くの新しい熱膨張率のデータが信頼性の点から十分に有効活用されていないのが現状である。また、比較測定法による装置では熱膨張率が正しく評価されている標準物質による校正作業もしくは標準データが必要不可欠となる。現在、この標準物質で容易に入手可能なものは米国NISTの供給している4種類のみであるがそれらの適用温度上限は723℃(1000K)であり、それ以上の温度領域は標準物質の空白領域となっている。そのため高温度領域での熱膨張率測定結果の信頼性が問題となりつつあり、新たな標準物質の確立が急務となっている。
熱膨張率計測技術の標準化に向けて
現在、平成9年度より計量研究所を中核機関としてスタートした科学技術振興調整費知的基盤整備推進制度における「機能材料の熱物性計測技術と標準物質に関する研究」の中のサブテーマの一つとして、極低温(ヘリウム温度以下)から超高温(2000℃以上)における、熱膨張率1次標準の整備、標準物質の選定および標準データの提供を目標として研究を進めている。
熱膨張率実用計測法の標準化
現在最も一般に普及している熱膨張率測定法は押し棒式膨張計を用いた方法であることから、実用計測法の標準化において押し棒式膨張計を対象として選定した。実際に標準化を進める上でハードウェア面およびソフトウェア面からの2つのアプローチの仕方があると考えられる。ハードウェア面からの標準化とは装置の構造、構成する材質、使用する検出器の種類など装置本体に関わる部分を規定する方法である。しかしながら、こういった形の標準化は計測器の性能の向上等を阻害する可能性があるほか、現有の装置の信頼性の向上に対して殆ど効力を持たない。そこで押し棒式膨張計のソフトウェアの面、つまり押し棒式膨張計による計測の不確かさの評価法および校正法に焦点を当て検討を進めている。具体的には、押し棒式膨張計の基本構造に依存する補正要因を分類・検討することで、測定装置の不確かさの評価法および必要十分な校正法の確立をめざしている。押し棒式膨張計には図1に示すように示差膨張式と全膨張式の2種類があり、示差膨張式の場合は熱膨張率の値が未知の試料と標準物質の熱膨張量の差を、全膨張式の場合は試料と試料支持部の熱膨張量の差を検出することにより熱膨張率を決定する。この様な基本構成は押し棒式膨張計に共通の仕様であり、ここから予想される計測の不確かさ要因を表にまとめた。押し棒式膨張計では表に挙げた誤差要因の中で特に“試料以外の部分の熱膨張の影響”が大きくこれによる影響を如何に正確に評価するかが測定の不確かさに大きく関わってくる。また、ナノメートルレベルの変位計測を行うためパラメータとして扱うのが困難な“試料の加工精度”や“試料の座りの影響”も無視することが出来ないことが明らかとなっている。

熱膨張率1次標準の整備
比較測定装置の校正や絶対測定装置の健全性を確認するためには熱膨張率の絶対値の評価(値付け)された標準試料が不可欠となる。この“標準試料への値付け”を行うために熱膨張率1次標準として熱膨張率絶対測定装置の開発を進めている。これまで計量研究所では、低温度領域(−269〜+40℃)における絶対測定装置を開発してきており、不確かさ1%(試料長20mm、温度変化量10℃、熱膨張率の大きさ2×10-6/℃の場合)での計測が可能となっている。この装置では熱膨張率を絶対測定するため、試料長変化を光の波長を目盛りとしたレーザ干渉計により検出する方式を採用しており、現在適用温度領域を高温度領域へと拡張するために新たに計測システムの整備を進めている。高温度領域では巨大な温度差による熱歪み、高温炉からの輻射、反射鏡の耐熱性、試料の反応性、酸化等の試料表面の汚染等の悪条件および低温領域に比べ温度計測の精度が悪くなることが予想され、最終的に不確かさ2%(試料長20mm、温度変化量50℃、熱膨張率の大きさ10×10-6/℃の場合)での計測を実現することを目標としている。
新しい標準物質
標準物質は、比較測定法において校正を行う上で必要不可欠であり絶対測定法による装置においても測定の健全性を確認する上で重要である。標準物質の要件として、特性が安定していること、ロット内での物性値のばらつきが小さいこと、扱いが容易で供給に継続性があることが望ましい。この点を考慮し新しい標準物質の候補材料としてアルミナ、ジルコニア、窒化珪素、単結晶シリコン、ガラス状カーボンについて検討を進めている。アルミナ、ジルコニア、窒化珪素はセラミックスあり耐熱性が高く、700℃以上の標準物質として期待している。特にアルミナ材料としては(財)日本ファインセラミックスセンターからアルミナ加工用共通焼結体(AL−1;リファセラムシリーズ)が一般ユーザ向けに頒布されており、これを評価対象としている。また、ガラス状カーボンは純炭素物質であるため耐熱性が高く、2000℃を超える温度領域までの熱膨張率標準物質として有望であると考えている。図2に現在入手可能なNISTのSRMシリーズ(○、◇、△、□)の熱膨張率、および現在新しい標準物質として検討している材料(●、◆、▲、■)の熱膨張率の予想値を示す。前述の候補材料の適用温度は標準物質不在の高温度領域を十分にカバーしており、標準物質としての特性評価および絶対測定による値付けが行われつつあるところである。

ピコ・リファレンス
熱膨張率:一定圧力下で物質の温度を変化させた時、大きさが変化する現象を熱膨張(収縮)という。固体における膨張率は任意の温度における温度変化(ΔT)あたりの長さ変化率(ΔL/L)、もしくは体積変化率(ΔV/V)で定義され、前者の線膨張率、後者を体膨張率という。また、工業的には室温からの変化量により求める平均膨張率がよく用いられる。
さいごに
知的基盤プロジェクトも3年目に入り装置の整備、実用計測法の高度化/標準化の指針の検討、標準物質候補材料の選定といったフェーズから、実際の装置の性能評価、それに基づいた評価法の標準化の検討、標準物質候補材料の熱膨張率データ取得の段階に入り、先に掲げた目標の達成に向けて研究を進めている。
問い合わせ先:熱物性部低温計測研究室
電話 0XXX(XX)4166
計測システム部計測要素研究室 フェルスター |
・・・・・私の日本での経験をひとことで言うなら、こんなふうになるだろう。日本の生活がひどく慌ただしいからというより、私にとってまさに別世界のような暮らしが、STAフェローシップはまだ終了していないが、この1年半が私にとって大変貴重な思い出となることは、もはや確かなことである。日本での暮らしや仕事はとても楽しく、奇妙な体験もいくらかはあったが、本当に不愉快なことなどにはほとんど出会わず、ここでの経験は大いに意義深いものであった。
ここに来る前私は、日本という国はところどころが『エキゾチック』な東洋趣味の、おおかた西洋スタイルの国だろうと思っていた。しかし、それは全く間違ったイメージである。今私は、日本は西洋文化のほんの薄い皮をまとっただけの、実はとてもアジア的な国だと考えている。いや、正しくは西洋風に薄く上塗りされた日本的な国、と言うべきかもしれない。つまりアジアと言ってもそれぞれの国はとても違って見えるからだ。いつかそのうち日本以外のアジアの国々を訪ね、日本と比較してみたいものである。
それにしても、この国に来て1年半も経つというのに、まだ私には驚いたり戸惑ったりすることの連続だ。私は長くドイツとオランダに住んでいたのだが、一般に考えられているよりずっと、この二つの国は大きく異なっており、それを日本から見ればなおさらである。しかし当然のことながら、ヨーロッパのどの国からも日本はさらに大きく異なっている。この神道と仏教を基盤とする文化は、キリスト教文化とどのように異なる行動、建築、思考様式をもたらすのか・・・・・、恐らく私は、この相違をこそ最も楽しんだのである。
私にとっての日本。独特な建築、特有の自然、異なる習慣−それらは一つにとけ合い、美しい調和のとれた一幅の絵となっていて、たいていそこには、この筑波山神社のように、なにかちょっと不可思議な物がある。たとえばこの手前にある銀色の卵型はいったい何だろうか?

ヨーロッパでは、日本人は皆とても礼儀正しく友好的で親切だといわれているのだが、その礼儀を重んじるという点については、私にはあまり確信がない。NRLM内では少なくとも、堅苦しい雰囲気になるのはよそからお客が来たときだけで、私が知っているヨーロッパでの場合とさして変わらないからだ。しかしそれがいわゆる公式の場となると、様々な所作や挨拶、おじぎの仕草など、西洋よりずっと儀礼が重んじられているようである。一方、友好的で親切、というこれは正にその通りだ。私の日本での生活を心地良いものにしてくれたNRLM、STA、JISTEC、そしてAISTのたくさんの(また全くの行きずりの)人々の名を全部挙げるのは、ここではとてもスペースが足りないし、第一幾人かの名前は忘れてしまうかもしれないからやめておこう。が、時として、そんな親切心にかなり照れ臭い思いをすることもある。たとえば、どこかにちょっと立ち止まってただ辺りを眺めるということは、とくにそれが観光地でなけれがなおさらのこと至難の技で、必ずすぐに誰かが寄ってきて、道に迷ったのですか、と尋ねてくれるという具合だ。だが、こういった人々の助けや親切の有難さは計り知れないものである。
日本で働くということも、私にとって大変貴重な体験だった。NRLMは一般企業ではないから、いわゆる普通の日本のやり方とは多少違うだろうことは知っている。それでもやはり私はここのやり方に慣れなくてはならなかったし、私の周りの日本人もまた、私のやり方に慣れなければならなかったであろう。しかし、ちょっとした揉め事や誤解などはあったが、結局は一緒に働くためのうまいやり方を見つけてゆくことができた。
仕事仲間どうしの雰囲気はヨーロッパと同じように気楽だが、職場の上下関係となると日本の方がずっと重要視されているようだ。今だに驚くのは、グループのリーダーやそのまた上司にまで通さなければならない事柄の、あまりの多さである。
一方、私がいたヨーロッパの大学の実情と比べて大変嬉しい違いは、備品の予算がここではずっと大きいということである。プロジェクトに必要なもの全部、いやそれ以上のものを私は難無く手に入れることができたのだ。これぞ研究者の夢!そしてその結果、当然各部の研究室も、どこもかしこもヨーロッパよりひどく混み合うことになる。だが、マーフィーの法則は日本でも当てはまるらしい。いわく、「うまい話には、いつもなにかしら悪い副作用がつきものである」。ということで私としては、広々とした予算不足の研究室より、狭くても設備の整った研究室の方が好みである。
さて、元気に健康でいるために食事はとても大切である。私はびっくりするほどたくさんのヨーロッパ風料理のレストランを見つけたが、コーンとポテトサラダのピザ、といったようにほとんどは「和風」もアレンジされている。驚いたことに、これがたいていの場合とてもおいしいのだが、もちろん日本料理の方がさらにバラエティに富んでいるし、私はこちらの方にずっと興味がある。今のところ、大きな冷奴以外には、嫌いなものはごくわずかである。それから、あのお定まりの質問に対する答えは、「はい、納豆は食べられます、あまり好きではありませんが」。私が思うに、生まれた時から食べつけていなければ、あれを好きになるなんてことはあるわけがない。あの私の大好きなリコリス(カンゾウの根)も同様で、私がそれを勧めてみたたいていの日本人には、食べられるものとは思えなかったようだ。
日本の食べ物についての経験で象徴的なことのひとつは、一体何を自分が食べているのか、特に魚介類の場合、わからないことである。そんな時は日本人の同僚や友人の説明も役に立つとは限らない。日本の食べ物にはヨーロッパに無いものがたくさんあるからだ。時々ちょっと残念に思うのは、その料理を気に入っても何かよくわからないので、また別の店で注文するのが難しいということである。
難しくなかったのは箸の使い方だ。日本人は、箸で食べるのは外国人には大変だと思っているらしいが、いったんその持ち方を覚えてしまえば、箸はごく自然に使えるようになる。私にはむしろ、うどんやそばを音を立てて食べることのほうが、よっぽど難しかった。
食べ物だけでなく飲み物も変わっている。たくさんの自動販売機が街のあちこちに置かれている(これは鎌倉で撮った写真)。どんなものが売られているのか見るのは面白い。紅茶やコーヒー(ホットとアイス!)、ジュースやビールなどから、花やフィルム、電池まで、なんでもそろっている。この便利さ、なつかしくなるだろうなぁ・・・・・。

日本語、それは当然、日本へやって来た外国人にとってはちょっとした問題である。私が思うに日本語の文法は、たとえばドイツ語などより簡単だが、書き方をマスターするというハードルを越えることは、このSTAの留学期間内には無理であろう。平仮名とカタカナはどうにかなるのだが、しかしどうも漢字となると・・・・・日本語教室ももちろん役には立ったのだが、私の進歩ときたら期待していたより遅かった。きっと中には易々と外国語を身に付けられる人もいるのだろうが。
そのうえ、初めの頃私は少しばかり不安だった。このつくば市のような国際的な都市でも英語の看板や表寿はごくまれであったし、店や役所にも英語ができる人はあまりいなかったのだ。ほとんどの人が英語を話せるという点を除いて、ここNRLMでも私は同じように不安であった。しかし蓋を開けて見ると、思っていたよりもたいしたことではなかった。ここでも周囲の人々の親切のおかげで、外出やコミュニケーションはかなり楽になったからである。もちろん私は、ポイントとなる漢字をかなりすばやく見付け出す練習もしたし、英語の市街地図なども手にいれることができた。こうして私は、NRLMやつくば市、またほかのさらに広い範囲でも、動き回るのにひどく困るようなことは無くなったのである。
旅行は、私の一番好きな日本での時間の過ごし方である。この国のほとんどすべてのものはドイツとは違っているように見える。私が出かけるのはほとんど関東地方とその周辺に限られていたのに、その地形や動植物、建築物やお祭りなど、たくさんの『探検』するものがある。日本で生活し働いている身としては、私が出かけられるのはだいたい週末だけで、従って旅行できる範囲も自ずと限られてくる。しかしその一方で、ここに住み、車を持ち、どこが良いか人に訊ねる暇があるというおかげで、色々な小さなお祭りや、普通の観光客には到底行けないような所を訪れることができた。大子のお祭りや、大洗の神社、水上温泉、房総半島にある水族館などなど、それは私にこの国の変化に富んだ素晴らしい一面を見せてくれた。
わたしはもちろん、『必見スポット』の数々もちゃんと押さえている。鎌倉、東京、日光などは近くて簡単に行けるし、少し長めの旅で京都や奈良へも足をのばした。私としては、今のところ日光が一番気に入っている。小さな街並みと、寺院や神社から成る巨大な複合体、そして森林と山々とが織り成す風景は、うっとりするほど美しい。このフェローシップが終わったら、日本を発つまでにもう少し遠くまで旅ができたらと思っているところである。
旅行といえば、日本の交通事情について触れないわけにはいかない。あの無秩序な運転は私の最大の驚きのひとつである。今まで私は、日本人というのは組織的でよく教育された人々だと思っていたのだが、車やバイクや自転車に乗る時は、どうやらそうではないらしい。それはもう滅茶苦茶なのだが、危険というわけではない。私の印象では、日本のドライバーは皆常に最悪の事態を覚悟し、ほかのドライバーに対しては限りなく辛抱強く、これが信じ難いほどたくさんの数の交通信号と相まって、比較的ゆっくりした速度と交通事故の少なさ(あるいは軽さ)にもつながっているようなのだ。またドイツ人の私としては、私の国よりさらに車を愛する人々の国があろうなどとは思ってもみないことだった。しかし日本はこの点でドイツを確かに超えている。これほどたくさんの新車(あるいは新型車)が、それもしばしば大幅に改造が加えられたり、いつでもピカピカに磨き立てられているのを今まで私は見たことが無い。
ヨーロッパとの文化の違いはこの位にして、自然について話したいと思う。たとえば地形や気候が私が慣れ親しんだものとは違う。ヨーロッパではしばらくやめてしまっていたのだが、ここに来てまた始めた趣味のハイキングなどに、それは新たな広がりを与え、また私に日本の静寂や安らぎ、そして何もない空間を味わわせてくれる。そんな日本は、思いがけない美しさをも見せてくれるのだ。忙しく混み合った平野部との完璧なコントラスト。その点筑波は理想的な滞在地だった。少々ゆとりのスペースがほしい私にとって、比較的広くゆったりとしているということは大事なことだからである。東京などの都市を訪れて、一日かそこら街の喧騒を楽しむのはいいが、やはり私はそこに住みたいとは思わない。
自然について語るなら、美しい花の季節のことに触れなければならない。梅や桜の花は大変美しく、どの街角に桜の木があるここ筑波は、また格別である。日本の春を二度過ごしてみて、なぜ日本人がそんなに桜の花にこだわるのか、やっと私には解りかけてきたところである。
さて、日本の気候もまた、私が慣れてゆかなければならないものだった。蒸し暑い日本の夏は、暖かくて乾燥しているヨーロッパの夏とはまったく違うのだ。日本にはクーラーがたくさんあって本当にほっとしている。そして日本の秋と冬は私の大好きな季節である。ドイツより日は長く、天気はたいてい晴れて乾燥し、空気が澄み渡っている。ヨーロッパの冬の、あの雨が多くて寒くじめじめした天気よりよっぽど快適だと思う。
最後に地震のことにも触れておこう。それは私にとって当然まったく新しい経験であった。(今のところは)地震で本当に怖い思いをしたことはなく、ちょっと大きめのものでも私は結構楽しんでいる。この地方では、こんなに頻繁に地震がある限り、むしろ破壊的なものは起こらないのではないだろうか。今私は、かつてオランダで海面より低い土地に住むことに慣れたのと同様に、地震にも慣れてしまった。どうでもよいようだが、おもしろいことに、私が話した多くの日本人はオランダの海面下の土地の方が地震より危険だと考えている。
こうして時は飛ぶように過ぎて行ってしまった。多くのものを見、経験したことで、いつもの二倍ものスピードで毎日を過ごしたように感じるのが不思議である。しかしそんな私の日本での時間も、あとわずかで終わってしまうのは残念である。少なくともあともう二、三年はここにいたかった。温泉や街の安全さなどすべてのことを、私はきっと懐かしく思い出すことになるだろう。そして一方では、信じ難いほどの官僚主義から逃れることができ、ほっとすることだろう。
私は、ここで過ごした時間、出会った人々、そして体験した『冒険』の数々に心から感謝している。日本と、そしてNRLMで過ごした時間はいつまでもずっと、私の心と思い出の中に特別なものとして生き続けることだろう。
お 詫 び
計量研ニュースVol.47,No.6の「米国標準技術研究所に滞在して」文中、誤りがありましたのでお詫びいたします。
なお、修正文は計量研ホームページに掲載しておりますので御覧下さい。
また、印刷物をご希望の方は業務課広報係まで連絡していただければお送りします。
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