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固体熱膨張率計測技術の標準化

Vol.47, No.7(1999)に掲載

はじめに

 固体材料の寸法は熱膨張により変化し、それにより熱応力が発生する。そのため熱膨張率は機械、電子機器、航空・宇宙関連といった広い産業分野において、材料の選定、機器の設計、性能予測、安全性の確保などの場面で重要な物性量の一つとなっている。また、鉄鋼、金属、半導体、セラミックス、高分子など様々な材料産業の新機能材料設計・開発の現場において必ずといって良いほど値が必要になる物性量である。

 科学技術の進展と共に様々な機能を持った新しい固体材料が次々と創出され、またより精密で高度な機器が開発されていることにより、それに見合った熱膨張率計測技術の向上を信頼性の高い熱膨張率データの必要性が高まっている。しかしながら、熱膨張率の実用計測技術はそれに応えられるだけの力量を備えているとは言い難い。この様な状況を改善するため現在計量研究所が取り組んでいる固体熱膨張率計測技術の標準化に関する研究内容の紹介を行う。

熱膨張率計測の現状

 熱膨張率計測は、試料長の変化量の検出方式によりX線解析法、光干渉法、押し棒式膨張計による方法、静電容量法、歪みゲージ法等、様々な方法が開発されている。その中でも現在一般に最も広く普及しているものが、比較測定法を原理とする押し棒式膨張計による方法である。押し棒式膨張計は、装置の構成が簡便、多様な形状の試料に柔軟に対応可能、操作性が良好等といった長所がある反面、比較測定でありかつ装置・測定条件に依存する補正量が大きいことから信頼性の高い計測が困難であるという問題点がある。このため、現在生産される多くの新しい熱膨張率のデータが信頼性の点から十分に有効活用されていないのが現状である。また、比較測定法による装置では熱膨張率が正しく評価されている標準物質による校正作業もしくは標準データが必要不可欠となる。現在、この標準物質で容易に入手可能なものは米国NISTの供給している4種類のみであるがそれらの適用温度上限は723℃(1000K)であり、それ以上の温度領域は標準物質の空白領域となっている。そのため高温度領域での熱膨張率測定結果の信頼性が問題となりつつあり、新たな標準物質の確立が急務となっている。

熱膨張率計測技術の標準化に向けて

 現在、平成9年度より計量研究所を中核機関としてスタートした科学技術振興調整費知的基盤整備推進制度における「機能材料の熱物性計測技術と標準物質に関する研究」の中のサブテーマの一つとして、極低温(ヘリウム温度以下)から超高温(2000℃以上)における、熱膨張率1次標準の整備、標準物質の選定および標準データの提供を目標として研究を進めている。

熱膨張率実用計測法の標準化

 現在最も一般に普及している熱膨張率測定法は押し棒式膨張計を用いた方法であることから、実用計測法の標準化において押し棒式膨張計を対象として選定した。実際に標準化を進める上でハードウェア面およびソフトウェア面からの2つのアプローチの仕方があると考えられる。ハードウェア面からの標準化とは装置の構造、構成する材質、使用する検出器の種類など装置本体に関わる部分を規定する方法である。しかしながら、こういった形の標準化は計測器の性能の向上等を阻害する可能性があるほか、現有の装置の信頼性の向上に対して殆ど効力を持たない。そこで押し棒式膨張計のソフトウェアの面、つまり押し棒式膨張計による計測の不確かさの評価法および校正法に焦点を当て検討を進めている。具体的には、押し棒式膨張計の基本構造に依存する補正要因を分類・検討することで、測定装置の不確かさの評価法および必要十分な校正法の確立をめざしている。押し棒式膨張計には図1に示すように示差膨張式と全膨張式の2種類があり、示差膨張式の場合は熱膨張率の値が未知の試料と標準物質の熱膨張量の差を、全膨張式の場合は試料と試料支持部の熱膨張量の差を検出することにより熱膨張率を決定する。この様な基本構成は押し棒式膨張計に共通の仕様であり、ここから予想される計測の不確かさ要因を表にまとめた。押し棒式膨張計では表に挙げた誤差要因の中で特に“試料以外の部分の熱膨張の影響”が大きくこれによる影響を如何に正確に評価するかが測定の不確かさに大きく関わってくる。また、ナノメートルレベルの変位計測を行うためパラメータとして扱うのが困難な“試料の加工精度”や“試料の座りの影響”も無視することが出来ないことが明らかとなっている。

熱膨張率1次標準の整備

 比較測定装置の校正や絶対測定装置の健全性を確認するためには熱膨張率の絶対値の評価(値付け)された標準試料が不可欠となる。この“標準試料への値付け”を行うために熱膨張率1次標準として熱膨張率絶対測定装置の開発を進めている。これまで計量研究所では、低温度領域(-269〜+40℃)における絶対測定装置を開発してきており、不確かさ1%(試料長20mm、温度変化量10℃、熱膨張率の大きさ2×10-6/℃の場合)での計測が可能となっている。この装置では熱膨張率を絶対測定するため、試料長変化を光の波長を目盛りとしたレーザ干渉計により検出する方式を採用しており、現在適用温度領域を高温度領域へと拡張するために新たに計測システムの整備を進めている。高温度領域では巨大な温度差による熱歪み、高温炉からの輻射、反射鏡の耐熱性、試料の反応性、酸化等の試料表面の汚染等の悪条件および低温領域に比べ温度計測の精度が悪くなることが予想され、最終的に不確かさ2%(試料長20mm、温度変化量50℃、熱膨張率の大きさ10×10-6/℃の場合)での計測を実現することを目標としている。

新しい標準物質

 標準物質は、比較測定法において校正を行う上で必要不可欠であり絶対測定法による装置においても測定の健全性を確認する上で重要である。標準物質の要件として、特性が安定していること、ロット内での物性値のばらつきが小さいこと、扱いが容易で供給に継続性があることが望ましい。この点を考慮し新しい標準物質の候補材料としてアルミナ、ジルコニア、窒化珪素、単結晶シリコン、ガラス状カーボンについて検討を進めている。アルミナ、ジルコニア、窒化珪素はセラミックスあり耐熱性が高く、700℃以上の標準物質として期待し ている。特にアルミナ材料としては(財)日本ファインセラミックスセンターからアルミナ加工用共通焼結体(AL-1;リファセラムシリーズ)が一般ユーザ向けに頒布されており、これを評価対象としている。また、ガラス状カーボンは純炭素物質であるため耐熱性が高く、2000℃を超える温度領域までの熱膨張率標準物質として有望であると考えている。図2に現在入手可能なNISTのSRMシリーズ(○、◇、△、□)の熱膨張率、および現在新しい標準物質として検討している材料(●、◆、▲、■)の熱膨張率の予想値を示す。前述の候補材料の適用温度は標準物質不在の高温度領域を十分にカバーしており、標準物質としての特性評価および絶対測定による値付けが行われつつあるところである。

ピコ・リファレンス

熱膨張率:一定圧力下で物質の温度を変化させた時、大きさが変化する現象を熱膨張(収縮)という。固体における膨張率は任意の温度における温度変化(ΔT)あたりの長さ変化率(ΔL/L)、もしくは体積変化率(ΔV/V)で定義され、前者の線膨張率、後者を体膨張率という。また、工業的には室温からの変化量により求める平均膨張率がよく用いられる。

さいごに

 知的基盤プロジェクトも3年目に入り装置の整備、実用計測法の高度化/標準化の指針の検討、標準物質候補材料の選定といったフェーズから、実際の装置の性能評価、それに基づいた評価法の標準化の検討、標準物質候補材料の熱膨張率データ取得の段階に入り、先に掲げた目標の達成に向けて研究を進めている。

問い合わせ先: 熱物性部低温計測研究室
電話: 0XXX(XX)4166